3 December, 2015 14:29

本日、私の所属する文教委員会日。かわらず、いじめの問題、不登校の問題等多々ある。この問題に関しては、国の動向とも他の議員とも私の意見とは違う。区内の教育施設は、子供たちを全員をもちろんプロレス養成の為の教育機関ではない。
しかし、現代の教育はあまりにも過保護に向かいがち過ぎている。

本当にこのままでいいのだろうか。

こんな過保護でどうやって大人になって強くなるのであろうか
周りでいじめの内容カバーすることで、はたして自分お力で立ち上がる力はいつ養成されるのであろうか。

ある時、視察の中で、育成室の見学をしたことがあった。
児童がランドセルをおき、畳の大広間で遊ぶのだが、その畳と床にほんのわずかな段差がある。
この段差が危ないのという意見があるという?児童育成室とは、障害者や老人介護施設ではない。
段差があれば段差を、自らの足を上げれば済む。上げた分だけ運動にさえなる。

インドを見ろと私は言いたい。

信号もない、道路にはサルも犬もいる、象もいる、ホームレスもいる。さらに猛烈な騒音、悪臭。
犯罪者、観光客、一般人、子供、老人、作業者、ホームレス。
もうごちゃごちゃだらけ。
しかし運転技術は日本より上。車のコンディションは老朽化して最悪。信号の設備もないに等しい。
警察の犯罪防止策もどこまであるか全く不明。
快適とは言えないであろうが、人々は生きている。

インドと日本の現代人とを比べるのはあまりにもかけ離れたことだが、せめてもの、原点に戻すことは重要なんではないかの観点が
私の持論。

過保護すぎた現代教育が、子供たちを弱くする。

私の持論は99対1の超少数派枠に当たるであろう。
食育もそう。親からしたら私が推進する穀物食、現代のバランスを重要視したものとはかけ離れ、当時のように偏った元禄時代や江戸時代の超粗食にしたらどれだけ現代の親の反発があるであろう。

政治とは、世の中を正しい方向に持っていくのが政治である。

食育的に、親の判断はもちろんおいしいもの、楽しく残さないものを食べさせてもらいたいにこしたことはない。
知識のない、意識のない親は全体の9割とも言われている。

何を食べさせなきゃいけないのか。ずばり原点に戻すことこそ一番重要なのである。

しかしアメリカの策略にまで乗った現代栄養学バリバリで育ったものからしたら、かつて日本の先人たちが
何百年も何千年も口にしてきたもの物に目を向けず、完全に現代栄養学や企業に影響を受けた
欧米しょくこそ栄養があるものだとかんがえる。

玄米おにぎりを食べさせるか、ステーキを食べさせるか。

私ももちろん、完全否定しているわけではない。が、たかが70年で日本は一気に医療破綻寸前にまではしりすすめようとしている。

今こそ考えるべきなのである。